●現代語訳
二十四日 伊予守が語って言うには、「今月廿二日明法博士が(白河院に)服喪の期間を問われて(宮/輔仁親王の服喪)、帝が日を以て月に読み替える先例を文で勘申した。院庁の仰せによって服喪の道具が用意された。土高坏の上に折櫃を置いた。折櫃の中には麻布の御帯が一筋と(上巻紙、)鈍色の御衣(布鰭袖は無し、)が入っていた。上皇が御装束を纏われた(ただし布衣と御衣を着用されなかった)。上北面方に屏風を立て、前に小筵を半帖ばかり敷いた(以上掃部寮が用意させた)。その前に例の高坏を置いた。光平の勘文に応じて丁方を向いて着御された。今日は二十二日と同様に着御した。やがて脱御され、例の御装束を着て御座に着された。光平が御装束を賜って御前に置いた。続いて御贖物を供した(長実陪膳、家保役(供)、束帯を着ていた、)。御禊が終わって光平が服喪の御衣を伴い、河原に出て切り流したという。今日荷前使があったとの事だ。
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