・読み下し文
十九日、庚子、散位康信の使者、北条に参着するなり。武衛、閑所において対面し給う。使者申して云わく、去月廿六日、高倉宮の御事あるの後、彼の令旨を請けるの源氏等、皆以て追討せらるべきの旨、その沙汰あり。君は正統なり。殊に怖畏るべきか。早く奥州方に遁れ給うべきの由、存ずるところなり、とてえり。
廿四日、乙巳、入道源三品敗北の後、国々の源氏を追討せらるべきの条、康信の申状、浮言に処せらるべからざるの間、さえぎりて平氏追討の籌策を廻らさんと欲す。よって御書を遣わし、累代の御家人等を招かる。藤九郎盛長を御使となし、また小中太光家を相副えらると云々。
廿七日、戊申、三浦次郎義澄義明二男、千葉六郎大夫胤頼常胤六男等、北条に参向す。日来京都に祗候し、去月中旬の比、下向せんと欲すの刻、宇治合戦等の事により、官兵をして抑留せらるるの間、今に遅引す。数月の恐鬱を散ぜんがため、参入の由これを申す。日来、番役により在京するところなり。武衛、件の両人に対面し給い、御閑談、刻を移す。他人これを聞かず。
(作成:高木徳郎)
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