・読み下し文
十九日、戊辰、上総権介広常、当国周東・周西・伊南・伊北・庁南・庁北の輩等を催し具し、二万騎を率いて隅田河の辺りに参上す。武衛頗る彼の遅参を瞋り、敢えて以て許容の気なし。広常潜かに為を以て、当時は卒土は皆平相国禅閣の管領に非ざるはなし。ここに武衛、流人として輙ち義兵を挙げるの間、その形勢高峻の相なくば、直にこれを討ち取り、平家に献ずべしとてえり。よって内には二図の存念を挿すといえども、外には帰伏の儀を備えて参る。しからばこの数万の合力を得て、感悦せらるべきかの由、思い儲くのところ、遅参を咎めらるの気あり、これほとんど人主の体に叶うなり。これによりたちまち害心を変じ、和順を奉ると云々。
(作成:高木徳郎)
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