『長秋記』天治元年正月五日条 〇参考 朝覲行幸の儀式次第

●朝覲行幸の儀式次第
以下は、『朝覲行幸次第草』と『朝期覲行幸次第』から作成した。以上の二史料については、太田克也・藤原重雄「宮内庁書陵部所蔵九条家本『朝覲行幸次第草』・『朝覲行幸次第』―藤原忠通『玉林』佚文拾遺―」を参照のこと。
➀定刻に公卿たちが陣の座に集まる
→②関白(摂政)が殿上で雑事を行う
→③職(蔵人ヵ)が日時勘文を見る
→④関白(摂政)も見て、その後、行事を担当する上卿に渡す→⑤行幸の間、内裏の留守番をする人を呼ぶ
→⑥衛府の公卿以下が弓箭を所持する
→⑦天皇が南殿にいらっしゃる
→⑧天皇は広庇・長橋(清涼殿の東南隅から紫宸殿に通じる橋)を通って紫宸殿の北西にある北面戸から(北庇に)入って、御帳台の後戸でしばらく待つ
→⑨草薙の剣を持った内侍が御帳台の後戸から、御帳台の東を通って御帳の前である母屋東の南頭に立つ
→⑩八尺瓊勾玉を持った内侍が、⑨の内侍と同じ戸から御帳台に入り、御帳台の西を通って御帳台前の南頭に立つ
→⑪天皇は⑨⑩の内侍が利用したのと同じ戸から母屋に入って、御帳台西の間中央に立つ
→⑫近衛が陣を引く
→⑬陰陽師による反閇が紫宸殿で実施される・天皇は御帳西南の柱を通って御帳台の前に立つ
→⑭右近衛次将が東に渡る
→⑮公卿が南庭に並ぶ
→⑯闈司(鍵の管理や出納司る職)が奏上する
→⑰少納言が鈴奏する
→⑱大刀と契を辛櫃から出して担ぐ
→⑲御輿を寄せる
→⑳上﨟の次将が御輿の戸を開き、草薙の剣を御輿内に安置する→⑳天皇が御輿に乗る
→㉑次将が八尺瓊勾玉の箱を御輿中に安置する
→㉑⑳の時関白(摂政)は、南庇を経て東階に降り靴を履き、しばらく軒廊・南庭に立つ
→㉒参加する公卿は前行して騎馬する
→㉓御輿がようやく進行する→㉓御輿が紫宸殿を出る
→㉔関白(摂政)は左衛門陣の外で騎馬する
→㉔公卿は御輿の担ぎ手の後ろ・殿上人の前に仕える
→㉕御輿が女院の在前に到着する
→㉖最初に公卿が馬から降りて、殿上屏風の前に並ぶ
→㉖大将が馬から降りて、門の内に左右に立つ
→㉗左兵衛の陣が㉖と同じ門の南脇に並ぶ
→㉘関白(摂政)が門の辺りで馬から降りる
→㉙使の院司である公卿が、行幸してきた旨を奏上する
→㉚㉙のとき楽屋で乱声を発する
→㉛関白(摂政)が進む
→㉜御輿を進行させ、中門の許に据える→上﨟の次将が参進して、御輿の戸を開き草薙の剣を取る
→㉝天皇が御輿から降りる
→㉞天皇が御休所に入る
→㉟公卿が殿上に着いた後、雑人を払い中門を閇じる
→㊱公卿の院司が敷物を敷く
→㊱上皇(法皇)が御母屋に着座する
→㊲天皇が御休所から出御する
→㊳天皇が御拝する
→㊴天皇が御休所に還御する
→㊵上皇(法皇)が入御する
→㊶寝殿の装飾を改める
→㊷近衛陣胡床
→㊸天皇が再び寝殿母屋簾中に渡御する
→㊹太閤と摂政が簀子敷の円座に着く
→㊺蔵人頭に諸卿を呼び出させる
→㊻諸卿が参上し、御前の円座に着く
→㊼関白(摂政)が楽行事に命令する
→㊽乱声する
→㊾鉾を振る
→㊿左右近衛が音楽を奏で、舞を舞う
→51:勧盃
→52:天皇に御膳を供える
→53:舞の間、舞人・楽人に対する勧賞が命じられる
→54:暗くなると灯を点す
→55:中間が御儀に入る
→56:舞が終わり、胡坐の次将が会場から退く
→57:管弦の準備をする
→58:管弦のため招集された殿上人を呼び出す→招集された殿上人の座を敷く
→59:管弦をする
→60御贈り物賜る
→61:管弦が終わり、蔵人頭が禄を関白(摂政)以下に与える
→62:天皇が入御する
→63:御膳を撤収する
→64:院司の賞を命じられる
→65:関白(摂政)が宿所に下る
→66天皇が還御する

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