『長秋記』大治二年十一月五日条 現代語訳

●現代語訳
五日辛卯 [中院から玉崎御所に帰りなさった事。]晴れ。道のりがうねうね曲がりくねっていて坂道であったため、供奉の人々は上も下も皆乗馬した。本院は御肩輿だった。新院は騎馬だった。民部卿だけひとり藁履きを履いて先行した。本院と共に先行していた。ありとあらゆる人が忠節の心を表していた。巳の時(=午前九時から十一時頃)政所に到着しなさった。権僧正は食事を差し出した。両院は権僧正をお呼びになった。両院はそれぞれ駿馬一疋を与えなさった。御随身それぞれ二人が駿馬を引き、僧正は僧から駿馬を受け取った。この間私は一時的に宿所に退下した。そしてまた参上したところ、ちょうど出発される時であった。時に未の一刻(=午後二時から午後三時ごろ)だった。(両院は)今回は御船に乗らなかった。橋から渡りなさった。亥の刻(午後九時〜十一時頃)に玉崎御所に到着しなさった。

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