『山槐記』治承四年九月七日条

・読み下し文

七日、丙辰、天晴れ、申の刻、事畢りて三条に帰る。源実の云わく、義朝の子、伊豆国を虜掠す。坂東の国の輩これを追討し、舅男を伐り取る。義朝の子においては、筥根山に入り了んぬの由を申し上げるの由、座主明雲房において承るところなりとてえり。かくの如く示すの間、義重入道故義国の子書状を以て大相国に申して云わく、義朝の子、伊豆国を領し、武田太郎、甲斐国を領す。義重、前右大将宗盛の命在りて、彼の家にあい乖く。坂東の国の家人に追討すべきの由、仰せ下さる。よって下向するところなりとてえり。
伊豆国流人兵衛佐、謀叛の合戦を企つる事、
 八月廿三日寄り合う輩、相模国小早河、
(以下略)
                              (作成:高木徳郎)

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